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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1037号 判決

控訴人

開発興業株式会社

右代表者清算人

古園敏男

右訴訟代理人

大竹秀達

吉川基道

被控訴人

富澤隆司

右訴訟代理人

矢野欣三郎

主文

本件控訴及び控訴人の当審における新請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人は、「1原判決を取消す。2(第一次請求)(一)被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)につき、農地法第五条による知事の許可の申請手続をなし、且つ、その許可を条件として、昭和四九年一〇月一日付売買契約を原因とする所有権移転登記手続をせよ。(二)被控訴人は、控訴人に対し、本件土地を引き渡せ。3(第二次請求)被控訴人は、控訴人に対し、金二六六五万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一一月二三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。4訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及びそのうち右2の(一)を除くその余の部分につき仮執行の宣言を求めた。

(なお、控訴人の右第一次請求は、原審における第一次請求を変更した新請求であり、右第二次請求は、原審における第二次請求を拡張した請求である。又、控訴人は、当審において、第三次及び第四次請求をもしているが、これらはいずれも右第二次請求の一部請求にすぎないから、これらを別個の請求として構成する必要はない。)

二  被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  第一次請求

1  請求原因

(一) 控訴人は、昭和四九年当時、土地の買収、造成、分譲、測量等を業とする株式会社であつたが、昭和五一年五月、株主総会の決議によつて解散し、現在清算中である。他方、被控訴人は、昭和四九年以前から、土地、建物の売買、仲介、賃貸等を業とする秀和開発株式会社(以下、「秀和開発」という。)の代表取締役であるとともに、同社と同一の営業内容を有する秀和ハウス株式会社(以下、「秀和ハウス」という。)の取締役である。

(二) 控訴人は、昭和四九年五月二一日、被控訴人との間で、被控訴人所有の本件土地(地目農地)を代金一億一六六五万五〇〇〇円で買受け、即日手付金一六六五万五〇〇〇円を支払い、残代金は右土地につき農地法第五条による知事の許可取得後一週間以内に支払う旨の売買契約(以下、「第一次契約」という。)を締結して、同日、右手付金全額を支払い、更に同年八月三一日、被控訴人の要求に応じ、右代金の内金一〇〇〇万円を支払つた。

(三) その後農地法第五条による知事の許可手続に手間取つているうち、被控訴人の強い要求により、契約を締結し直すことを余儀なくされ、控訴人は、昭和四九年一〇月一日、被控訴人との間で、本件土地を第一次契約と同額の代金で買受け、同契約に基づきすでに支払ずみの合計金二六六五万五〇〇〇円を手付金とするとともに、残代金の内金四五〇〇万円を同月末日までに、その余の残代金四五〇〇万円を同年一二月二〇日までにそれぞれ支払うこととし、第一次契約は無効とする旨の売買契約(以下、「第二次契約」という。)を締結した。

(四) よつて、控訴人は、第一次請求として、右の第二次契約に基づき、被控訴人が本件土地につき農地法第五条による知事の許可の申請手続をするとともに、その許可を条件として、右契約を原因とする所有権移転登記手続をなし、更に右土地を控訴人に引き渡すよう請求する。

2  請求原因に対する認否

請求原因(一)ないし(三)の事実はすべて認める。

但し、第二次契約は、第一次契約に基づく残代金支払いの資金の調達に困つていた控訴人から契約内容を手直ししてでも本件土地の売買契約を継続してほしいという強い要望があつた結果、その契約継続のために締結されたものである。

3  被控訴人の抗弁

(一) 第二次契約には、控訴人が残代金の支払を遅滞した場合には、被控訴人において何らの催告を要せず契約を解除することができる旨の特約が付されていたところ、控訴人は、昭和四九年一〇月末日までになすべき残代金四五〇〇万円の支払をしなかつたので、被控訴人は、同年一一月一九日付の内容証明郵便で、控訴人に対し右契約を解除する旨の意思表示をなし、同郵便は、同月二二日控訴人に到達した。

(二) 従つて、第二次契約は、右解除の意思表示により、その効力を失つたものである。

4  抗弁に対する認否

抗弁(一)の事実は認める。

5  控訴人の再抗弁

(一) 被控訴人の主張する無催告解除の特約は、市販の契約用紙に不動文字で印刷された条項をそのまま利用してなされたものにすぎないし、又、控訴人は、第二次契約締結の際、右条項につき何らの説明も受けていないから、右特約は、単なる例文であつて、その効力を有しない。

(二) 右特約は、宅地建物取引業法(以下、「宅建業法」という。)第四二条第一項の規定に違反するものであるから、同条第二項により無効というべきである。

(三) 右特約は、本件のような場合には、その適用を制限されるべきであり、それに基づく契約の解除は、権利の濫用というべきであつて、許されない。すなわち、右特約は、売買契約の売主にのみ無催告解除を認める片面的なものであるのみならず、被控訴人が控訴人の窮迫に乗じ手付金を異常に高額にしてこれを没収しようとする意図のもとに付したものである。しかも、被控訴人は、本件土地を他に転売する意思はなく、現在でもその所有を継続しているのであるから、契約の無催告解除をしなければならない必要性もなかつた。従つて、このような事情と、宅建業法第四二条の趣旨に照らして考察すると、本件の場合には、右特約の適用は否定されるべきである。

6  再抗弁に対する認否

再抗弁の主張はいずれも争う。

なお、本件の第二次契約の売主である被控訴人は宅建業法上の宅地建物取引業者(以下、「宅建業者」という。)ではないし、又、右契約は割賦販売契約とはいえないから、このような売買契約については、宅建業法第四二条の適用はないというべきである。

二  第二次請求

1  請求原因

(一) 仮に被控訴人の主張する第二次契約の解除が有効であるとすれば、被控訴人は、右契約の解除に伴う原状回復義務として、控訴人が右契約に基づいて支払いずみの合計金二六六五万五〇〇〇円を控訴人に返還すべき義務を負つている。

(二) よつて、控訴人は、第二次請求として、右の第二次契約の解除に基づき、被控訴人が右金二六六五万五〇〇〇円及びこれに対する右契約の効力が生じた日の翌日である昭和四九年一一月二三日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うよう請求する。

2  請求原因に対する認否

第二次契約が控訴人の残代金支払い債務の履行遅滞により昭和四九年一一月二二日有効に解除されたことは、第一次請求に対する被控訴人の抗弁において主張したとおりである。

3  被控訴人の抗弁

第二次契約には、控訴人の債務不履行により契約が解除された場合には、控訴人は支払いずみの手付金二六六五万五〇〇〇円全額を放棄する旨の特約が付されていたところ、右契約は前記主張のとおり昭和四九年一一月二二日控訴人の残代金支払い債務の履行遅滞を理由に有効に解除されたものであるから、控訴人は、右特約により、右契約解除と同時に、被控訴人に対し右手付金の返還を請求する権利を失つたものというべきである。

4  抗弁に対する認否

抗弁の事実及び主張は争う。

5  控訴人の再抗弁

(一) 被控訴人の主張する特約は、単なる例文であつて、その効力を有しない。すなわち、右特約は、市販の契約用紙に不動文字で印刷された条項を殆どそのまま利用してなされたものであるし、又、控訴人は、第二次契約締結の際に、右特約や手付金の性格等について何らの説明も受けなかつた。しかも、金二六六五万五〇〇〇円という手付金の金額は、売買代金額の二割をこえる異常な高額であるから、買主である控訴人の違約の場合であつても売主である被控訴人がその全額を没収することは、宅建業法第三八条及び不動産業界の慣行に違反する。従つて、右契約で定められた手付は、違約手付ないし損害賠償額の予定としての性格を有するものではなく、単なる解約手付にすぎないと解すべきであり、右特約も単なる例文にすぎないものというべきである。

(二) 右特約が単なる例文でないとすれば、そのような特約は、暴利行為であり、公序良俗に違反するものであつて、無効である。すなわち、被控訴人は、何ら右のような特約を付しなければならない合理的理由はなかつたにもかかわらず、控訴人が第一次契約に基づく残代金支払いの資金の調達に窮していたのに乗じ、控訴人が右契約後に支払つた代金の内金一〇〇〇万円をも手付金に組み入れ、これを没収しようとする不当な意図のもとに、第二次契約を付したものである。しかも、右特約によつて没収される手付金の金額は、前記のとおり、異常な高額であつて、宅建業法第三八条及び不動産業界の慣行にも違反する。他方、被控訴人は、第二次契約の解除により何らの損害も蒙つていないのみならず、その後における本件土地の値上りにより莫大な利益を得ているのである。従つて、右特約は、公序良俗に違反し、無効というべきである。

(三) 仮に右特約の全部が無効ではないとしても、そのうち控訴人が第一次契約後に支払つた代金内金一〇〇〇万円を組み入れた部分に関する限りは、右(二)で述べた理由から、無効というべきである。

(四) 仮に以上の主張がいずれも理由がないとしても、右特約のうち手付金の金額が売買代金額の二割(金二三三三万一〇〇〇円)をこえる部分(金三三二万四〇〇〇円)に関する限りは、宅建業法第三九条第一項、第三八条第一項の規定に違反するから、同第三八条第二項により無効というべきである。そうでないとしても、その部分は、暴利行為であり、公序良俗に違反し、無効である。

6  再抗弁に対する認否

再抗弁の主張はいずれも争う。

なお、本件の第二次契約の売主である被控訴人は宅建業者ではないし、一方、その買主である控訴人は宅建業者であるから、このような売買契約については、宅建業法第三八条及び第三九条の適用はないというべきである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一第一次請求について

一第一次請求の請求原因(一)ないし(三)の事実(もつとも、第二次契約がいかなる経緯ないし事情によつて締結されたものであるかの点を除く。)及び抗弁(一)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人の再抗弁の当否について判断すべきところ、まず、第二次契約の締結された経緯及び同契約に無催告解除等の特約の付された事情について検討するに、当事者間に争いのない請求原因(一)ないし(三)の事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ〈る。〉

1  本件の第一次契約及び第二次契約の締結された昭和四九年当時、控訴人、秀和開発及び秀和ハウスは、いずれも宅建業法上の宅建業者であり、又、被控訴人は、秀和開発及び秀和ハウスの代表取締役ないし取締役の地位にあつた者であつて、いずれも宅地等の取引については専門家であつた。

2  控訴人は、昭和四九年春ごろ本件土地の周辺の土地約五〇〇〇坪の開発を計画していた東洋総合開発株式会社(三和銀行グループの約三〇社が加盟している宅地等の開発会社)から本件土地の買取り方の内示を受け、三栄開発株式会社(代表取締役宮崎宗次、以下、「三栄開発」という。)を介して被控訴人と交渉した結果、本件土地を買受けることになり、昭和四九年五月二一日、第一次契約を締結した。

3  第一次契約締結の際、売買代金一億一六六五万五〇〇〇円のうち金一六六五万五〇〇〇円は手付金として即日支払われたが、残代金は本件土地につき農地法第五条による知事の許可取得後一週間以内に支払うこととされたにとどまり、いつまでに右知事の許可を取得するかについては明示の合意はなされなかつた。しかし、当時の右土地の実情に照らし、知事に対する所要の申請手続さえすれば、一か月ないし一か月半、遅くとも三か月以内には右許可を取得しうることが確実視される状況であつたため、右契約締結後右程度の期間内に右許可を取得したうえ、残代金の支払いの履行されることが、契約当事者間で暗黙裡に了解されていた。そして、右許可取得の申請手続に必要な一切の書類は、右契約締結の際、被控訴人から控訴人に交付されていた。

4  一方、第一次契約に基づく債務の不履行があつた場合についての特約としては、売主及び買主のいずれであるかを問わず債務の不履行があつた場合には、その相手方は何らの催告を要せず即時に契約を解除することができるものとされ、そして、売主に債務の不履行があつた場合には、買主に対し受領ずみの手付金の倍額を支払わなければならず、又、買主に債務の不履行があつた場合には、売主に対し支払いずみの手付金の返還を請求することができないとされていた。

5  ところが、右契約締結後間もなく東洋総合開発株式会社が前記の開発計画を中止するに至つたため、控訴人は、本件土地の転売先を失うとともに、金融機関からの融資も受けられなくなり、被控訴人に対する残代金支払いの資金調達の見込みが立たなくなつてしまつた。そして、その結果、前記の知事の許可取得の申請手続もすることができなかつた。

6  控訴人は、被控訴人に対し暫時事実を隠していたが、知事の許可取得があまりに遅いため調査した結果右事実を知つた被控訴人は、控訴人に対し、債務の履行遅滞の責任を追求するとともに、右許可取得の申請手続及び残代金の支払いを強く請求するに至つた。

7  そこで、控訴人は、とりあえず、残代金の内金一〇〇〇万円を工面して、これを昭和四九年八月三一日被控訴人に支払つたものの、その余の残代金を早急に支払いうる目処は立たなかつた。しかし、控訴人としては、第一次契約は折角締結しえた重要な契約であつたので、手付金を放棄してこれを解消するよりも継続させることを強く希望していたし、又、新しい転売先も同年末までには何とか見つかり、金融機関からの融資も受けられるであろうと予測していたため、残代金支払いの猶予を懇願するなど、右契約を継続させる方向で被控訴人と折衝した。その結果、被控訴人もこれに応じ、契約を締結し直してその内容を変更し、残代金の支払いを猶予するとともに、その支払期限を前記の知事の許可取得と関係なく確定させることにして、同年一〇月一日、第二次契約を締結した。

8  そして、第二次契約においては、前記のとおり控訴人が第一次契約に基づく債務の履行を遅滞したことに鑑み、控訴人の債務の履行を確実にさせるための方策として、控訴人が第一次契約に基づいて支払つていた手付金のほかに、その後に支払つた代金の内金をも手付金に組み入れ、手付金の金額を合計二六六五万五〇〇〇円に増額することにした。又、控訴人に債務の不履行があつた場合についての特約としては、第一次契約の場合と同様、無催告契約解除の特約や手付金全額放棄の特約が定められた。

9  以上に述べた各契約の締結及びそのための折衝に当たつては、控訴人側では、控訴人の代表者である古園敏男、その社員である武藤某のほかに、三栄開発(不動産仲介業者)の代表者である宮崎宗次が折衝の仲介者及び契約締結の立会人として終始関与していたし、被控訴人側では、被控訴人のほかに、秀和開発及び秀和ハウスの各代表者である斉藤秀夫、加藤不動産商会(不動産仲介業者)の社員である富岡某が関与していた。

10  なお、第二次契約締結の当時、控訴人が本件土地の転売先の決定や残代金支払いの資金の調達に苦慮していたことは事実であるが、しかし、右契約の締結は、前記のとおり、控訴人側の契約継続の希望に基づいてなされたものであつて、被控訴人側の強迫その他の不当な圧力により、控訴人の意思に反してなされたものではない。

三ところで、控訴人は、再抗弁(一)において、第二次契約における無催告解除の特約は単なる例文にすぎないと主張しており、そして、〈証拠〉によれば、右契約のための契約書は、条項が不動文字で印刷された市販の契約用紙を利用して作成されたものであると認められる。しかしながら、右二で認定の事実関係から判断すれば、右特約が単なる例文であつてその効力を有しないものであるとは到底解しえない。のみならず、右と同旨の特約は、第一次契約にも付せられていたものであるから、控訴人は、それが効力を有するものであることを十分に認識しながら第二次契約を締結したものと認めるのが相当である。なお、控訴人は、第二次契約の締結に際し、右特約について被控訴人から説明のなかつたことをも、右特約が例文であつて効力を有しない理由として主張するようであるが、以上に認定判断したとおりであつてみれば、控訴人主張のごとき説明があつたかどうかによつて、右特約の効力が左右されるものとは到底認めがたい。従つて、右再抗弁は採用することができない。

四控訴人は、再抗弁(二)において、右特約は宅建業法第四二条に違反すると主張している。しかしながら、宅建業法第四二条は、宅地等の取引についての知識、経験の乏しい一般人(非業者)たる買主を保護するための規定と解すべきであるから、宅建業者自身が買主となる本件のような売買契約についてはその適用がないと解するのが相当である。しかも、本件の第二次契約は、それ自体、手付金の支払いを除けば、僅か二回払いの契約であるのみならず、本来一回払いの契約にすぎなかつた第一次契約を、買主である控訴人に代金支払い債務等の履行遅滞があつた結果、同人に期限の猶予を与える趣旨で、右のとおり二回払いの契約に変更したものにすぎないから、これをもつて直ちに右法条所定の割賦販売契約にあたるとすることは疑問である。従つて、右再抗弁はその理由がない。

五更に、控訴人は、再抗弁(三)において、右特約は本件の場合にはその適用を制限されるべきであり、そのような特約に基づく契約の解除は権利の濫用であると主張している。しかしながら、前記二で認定の事実関係に照らして考察すれば、右主張は採用することができない。たしかに、〈証拠〉によれば、第二次契約における無催告解除の権利は売主側にのみ片面的に認められているにすぎないが、しかし、右二で認定の事実関係によれば、当初の第一次契約においては無催告解除の権利は売主及び買主の双方に認められていたところ、買主である控訴人のみが同契約に基づく債務の履行を遅滞したために、第二次契約においては右のとおりに改正されたというべきであるから、その改定はやむをえないものであつたというべく、右特約に基づく契約の解除をもつて権利の濫用と解することは困難である。又、控訴人の主張するとおり、被控訴人には第二次契約の解除後本件土地を他に転売する意思がなかつたとしても、それだけの事情で右特約やそれに基づく契約解除の効力に影響が生じるいわれはない。しかも、本件においては、被控訴人は、控訴人の代金支払い債務の履行遅滞後直ちに契約解除の意思表示をしたものではなく、その支払期限の経過後約二〇日間もの猶予期間を置いて契約解除の意思表示をしているのであるから、この点から見ても権利の濫用とは認めがたい。従つて、被控訴人が右特約に基づいてなした契約解除は有効なものであるというべく、控訴人の右再抗弁はその理由がない。

六そうすると、第二次契約は、被控訴人のなした同契約解除の意思表示が昭和四九年一一月二二日控訴人に到達すると同時に、その効力を失つたものというべきであるから、同契約が有効に存続していることを前提とする控訴人の第一次請求は、その理由がなく、これを棄却すべきである。

第二第二次請求について

一第二次契約には控訴人の債務不履行により契約が解除された場合には控訴人は支払いずみの手付金二六六五万五〇〇〇円の全額を放棄する旨の特約が付せられていたこと及び右契約が控訴人の残代金支払い債務の履行遅滞により昭和四九年一一月二二日有効に解除されたことは、第一次請求についての判断中において、認定、説示したとおりである。

ところで、控訴人は、その再抗弁において、右手付金放棄の特約(控訴人が売買代金の内金として支払つた金一〇〇〇万円を手付金に組み入れる約定を含む。以下、同じ。)はその全部又は一部が無効であるとして縷縷主張しているので、以下それらの主張の当否について判断する。

二まず、控訴人は、再抗弁(一)において、第二次契約で定められた手付は、違約手付ないし損害賠償額の予定としての性格を有しない、単なる解約手付であり、同契約における控訴人の債務不履行による契約解除の場合の手付金放棄の特約も単なる例文にすぎないと主張しており、そして、右契約の契約書は条項が不動文字で印刷された市販の契約用紙を利用して作成されたものであることは、前記認定のとおりである。しかしながら、前記第一の二で認定の事実関係からすれば、右特約が単なる例文であつてその効力を有しないものであつたとは到底解しえないし、又、前掲乙第四号証によつて認められる右特約の文言からすれば、右手付が違約手付ないし損害賠償額の予定としての性格を有しないもの(すなわち、控訴人の債務不履行による契約解除の場合には、放棄の対象とならないもの)であつたとも解しえない。なお、控訴人は、第二次契約締結の際、右特約や手付金の性格等につき何らの説明も受けなかつたから、右特約はその効力を有しないものであるかのごとく主張する。しかし、前記第一の二で認定の事実関係からすれば、控訴人は、右契約締結当時、宅建業者であり、宅地等の取引の専門家であつたし、又、右と同旨の特約は第一次契約にも付せられていたのであるから、仮に右主張のとおり、右契約締結の際には、被控訴人から何らの説明も受けなかつたとしても、控訴人は、右特約の意義や手付金の性格等を十分に認識していたものというべきであつて、右契約締結時における説明の存否は、右特約の効力を左右するものではないというべきである。更に、控訴人は、第二次契約で定められた手付金の金額は異常な高額であり、宅建業法第三八条等にも違反するから、右特約は単なる例文にすぎなかつたかのごとく主張するが、右手付金の金額が宅建業法第三八条等に違反するものであるか否かの点はさておき(この点については、再抗弁(二)ないし(四)に関して後に判断する。)仮にその点が肯定されるとしても、それだけの理由で直ちに右特約全体が単なる例文にすぎないと解するのは相当でない。そして、本件の全証拠を検討しても、その他に右特約を単なる例文と解すべき理由は見い出しがたい。従つて、控訴人の右再抗弁は、結局、これを採用することができない。

三又、控訴人は、再抗弁(二)及び(三)において、第二次契約における手付金放棄の特約は、暴利行為であり、公序良俗に違反するものであつて、その全部又は一部が無効であると主張している。そこで、右主張の当否について考えるに、たしかに、右契約で定められた手付金の金額二六六五万五〇〇〇円は、売買代金額の二割をこえるものであつて、かなりの高額であつたことは否定することができない。しかも、そのうち金一〇〇〇万円は、当初は手付金としてではなく、売買代金の内金として支払われたものであつた。従つて、以上の事実だけを見て判断すると、控訴人が右特約に基づき右手付金全額を没収されることについて不満の念を抱くことは一見尤もと見られないわけではない。しかしながら、更に前記第一の二で認定の事実関係に基づいて考えると、当初第一次契約によつて交付された手付金の金額は一六六五万五〇〇〇円にすぎなかつたところ、控訴人が右契約に基づく残代金支払い等の債務の履行を遅滞しながら、なおかつ契約を継続させることを強く希望した結果、第二次契約が締結されることになつた経緯に鑑み、第二次契約においては、控訴人の債務の履行を確実にさせる方策として、控訴人が第一次契約後に代金の内金として支払つた一〇〇〇万円をも手付金に組み入れ、手付金を右のとおり高額にすることになつたものであるから、その増額は本来控訴人自身の責に帰すべき事由によるものであつたといわなければならない。しかも、右認定の事実関係からすれば、控訴人は、宅建業者であり、宅地等の取引についての専門家であつたのであるから、その専門家としての知識、経験等に基づき、当初の手付金を放棄して第一次契約を解消させるよりも、手付金を前記のとおりに増額してでも契約関係を継続させる方が有利であると判断するとともに、控訴人が将来再び債務の履行を遅滞した場合には、右のとおりに増額した手付金全額を被控訴人に没収されることになつてもやむをえないと覚悟したうえ、第二次契約を締結したものであると認めざるをえない。そして、右の第二次契約は、当事者のみならず、第三者たる不動産仲介業者も立ち会いのうえ締結されたものであるとともに、その締結は、被控訴人側の強迫その他の不当な圧力によつてではなく、控訴人側の希望に基づいてなされたものであることも、前記認定のとおりである。そうすると、第二次契約における控訴人の債務不履行の場合の手付金放棄の特約は、控訴人が第一次契約後に支払つた売買代金の内金一〇〇〇万円を手付金に組み入れる約定をも含めて、これを暴利行為であるとか、公序良俗に違反するという理由で無効とすることはできないものと解すべきである。従つて又、右特約は、売買代金の内金を手付金に組み入れた金一〇〇〇万円の限度で、これを無効とする理由もないというべきである。

なお、控訴人は、売買代金額の二割をこえる高額の手付金放棄の特約は宅建業法第三八条及び不動産業界の慣行に違反すると主張する。しかしながら、宅建業法第三八条は、宅地等の取引についての知識、経験の乏しい一般人たる買主を保護するために設けられた規定と解すべきであるから、宅建業者自身が買主となつている本件の第二次契約のような売買契約についてはその適用がないと解するのが相当である。又、本件の第二次契約のような一度債務不履行をした買主との間で再度なされた売買契約における手付金ないし違約金の金額に関し、右契約締結当時不動産業界においていかなる慣行が存在したかについては、本件の全証拠を精査しても、これを確認するに足りる証拠は見当らない。のみならず、前記第一の二で認定の事実関係のもとにおいては、仮に、控訴人の右主張がすべて肯定されるとしても、それはいまだ第二次契約における手付金放棄の特約全体の効力を左右するに足りるものではないというべきである。更に、控訴人は、被控訴人は第二次契約の解除により何らの損害も蒙つていないし、むしろ、その後の本件土地の値上りにより莫大な利益を得ていると主張して、右手付金放棄の特約の効力を争つているが、仮に右主張のような事情がそのとおりに認められるとしても、そのような契約解除後の事情が、右特約自体の効力に影響を及ぼすものでないことはいうまでもない。

従つて、控訴人の再抗弁(二)及び(三)の主張は、いずれも理由がなく、採用することができない。

四最後に、控訴人は、再抗弁(四)において、第二次契約における手付金放棄の特約のうち手付金の金額が売買代金額の二割をこえる部分は、宅建業法第三九条第一項、第三八条第一項の規定に違反すると主張している。しかしながら、宅建業法第三八条は宅建業者自身が買主となつている本件の第二次契約のような売買契約にはその適用がないと解すべきことは、右三において説示したとおりであるし、同法第三九条の適用についても右と同様に解するのが相当である。従つて、控訴人の右主張はその理由がない。更に、控訴人は、再抗弁(四)において、手付金放棄の特約中の右部分は、暴利行為であり、公序良俗に違反するとも主張しているが、その理由がないことも、右三において説示したところから明らかである。そうすると、再抗弁(四)も採用することができない。

五以上のとおりであるから、控訴人は、第二次契約における手付金放棄の特約に基づき、右契約の解除と同時に、手付金二六六五万五〇〇〇円全額の返還請求権を失つたものというべきである。従つて、右手付金返還請求権の全部又は一部が存在していることを前提とする控訴人の第二次請求は、その理由がなく、これを棄却すべきである。

第三結論

よつて、控訴人の本件控訴及び当審における新請求(当審において拡張した請求を含む。)は、いずれも失当として棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(川上泉 奥村長生 福井厚士)

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